水天宮(すいてんぐう) | 静岡県焼津市石津港町
2021年2月6日に静岡県焼津市石津港町にある水天宮に行ってきました。
焼津の神社の情報を調べていたらどうやら御朱印があるらしい、ということで今回参拝しました。
水天宮の詳細・基本情報とアクセス方法
- 住所:〒425-0042 静岡県焼津市石津港町28
- 電話番号:不明
- 社務所受付時間:不明
- 御朱印:水天橋を渡って右側のお店『小川屋』にて
- 駐車場:なし(石津浜公園の駐車場から公園と周辺散策のご利用が良いかと思います。)
水天宮へのアクセス
車の場合
- 東名高速道路焼津I.C.より12分
- 東名高速道路大井川焼津藤枝S.I.C.より15分
公共機関の場合
JR焼津駅からしずてつジャストライン一色和田浜線[一色まわり]でバス停「水天宮前」で降車 (14分)その後徒歩40m。(1分)
水天宮の由緒・御祭神・御利益
水天宮の由緒・歴史
江戸の久留米藩邸に祀られていた水天宮様を江戸深川の材木商信濃屋の主人野口庄三郎氏が勧請し、文久元年(1861年)石津の地に奉斉(ほうさい)されたことが始まり。
明治14年、野口氏らの寄進により、現在地に社殿が建立(こんりゅう)。後に公式の神社となり、祭典や神社の運営が石津の人たちに委ねられた。漁業の基地という立地もあり、地元だけでなく近隣の漁業者から海難除去、豊漁への願いが込められ発展してきた。
現在の本殿は昭和35年(1960年)に、拝殿は昭和15年(1940年)に地元民や崇敬者の寄進により建築され、平成12年(2000年)には水天橋の架替工事に伴い、境内の代改良が行われた。
水天宮の御祭神
言仁尊(ときひとのみこと)
第81代安徳天皇。
治承2年(1178年)高倉天皇の第一皇子として生まれた。平家一門に奉らせられ生後1ヶ月で皇太子に、3歳で天皇に即位された。文治元年(1185年)に壇ノ浦の戦いで敗れた平家一族に抱かれて海中に入水、御歳8歳で平家と運命を共にされた。
水天宮の御利益
安産祈願、子宝
水天宮は古来から安産の信仰が篤く、久留米水天宮、東京水天宮と同じく安産御守を頒布(はんぷ)し、毎月のお祭りの際には御守り受領者のお名前を祝詞(のりと)し、安産祈祷を行っている。
海上安全、大漁満足
安政3年(1856年)春、江戸の材木商人の野口庄三郎と手代(てだい)の伊藤吉弥が御用材を集めるためにこの地へ来た。(御用材集めとは、大井川を下り、木屋川を利用して木材を流し、石津荊島(ばらじま)の貯木場に集め、石津港から江戸へ送るといったもの。)
しかし、その年の8月25日の大嵐で貯木場は壊され、材木が全て海に流されてしまった。
そこで、遠い地に祀られている水天宮にお祈りをしたところ、風向きが一夜のうちに変わって、流された材木が全部近くの岸に打ち上げられました。
この助けに喜び、新しくつくる貯木場のところへ水天宮を祀ることにしました。
そして、文久2年(1862年)、江戸の野口庄三郎の手代の田中籐右衛門が、久留米藩主の有馬氏の屋敷から水難除けの神様を分けてもらい、ここに祀った。
それ以後は水難除けの神として信仰を集めている。中でも漁師たちの信仰が篤く、漁が少ないときはお札を竹のつつに入れて海へしずめたり、海に物を落としたときは、お札の流れた方向をさがすと見つかると言われている。
水天宮の境内の様子と雰囲気
水天宮の鳥居
狛犬
阿形・獅子
吽形・狛犬
手水舎
摂末社
詳細不明です。
御社殿
拝殿
本殿
錨(いかり)
御神木
梛(なぎ)だそうです。幹の皮の剥がれ方が独特な気がします。
水天宮の御朱印と御守
御朱印
通常
写真
墨書
- 奉拝
- 石津
- 水天宮
印
- 「美濃輪稲荷印」
- 「船に水天宮」
安産祈願
安産祈願の御朱印もありました。
お守り
未確認です。
水天宮はこんな人におすすめ
石津海岸公園、石津浜公園に遊びに来た方
富士山を一望できる臨海公園である石津海岸公園、石津浜公園のすぐそば。小川港からも近く、港町特有の雰囲気の中の散歩は気持ち良いものがあります。
焼津の神社の御朱印をお探しの方
水天宮の御朱印は焼津市の他の御朱印神社よりも知らない人が多い印象です。
安産祈願、子宝のご利益をさずかりたい方
全国の水天宮は安産祈願、子宝のご利益があるそうで、ここ焼津の水天宮もその御利益があります!安産祈願の御朱印もあります!